稗田阿礼と賣太(めた)神社





実家に帰省した時(ゴールデンウィーク中)の記事を、今更ながらですが記します。

古事記で太安万侶と稗田阿礼という名を、皆さん歴史の授業で習った事だと思います。

今回は、その稗田阿礼を祀っている、奈良県大和郡山市にある賣太(めた)神社をご紹介します。




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稗田阿礼は実在していなかったという説がありますが、私は歴史学者ではないため、詳しい事は判りません。しかし大和三山から平城京に向かう上ツ道・中ツ道・下ツ道という大和三道という古道が3つ、奈良盆地を南北に走っており、この賣太神社は下ツ道沿いにあります。




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稗田阿礼が記憶している物語を太安万侶が記録したものが古事記。




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賣太神社のある稗田阿礼が住んでいたこの集落は、稗田環濠集落と呼ばれ、敵からの攻撃を守る環濠(堀)で集落をぐるっと囲んでいます。




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弥生時代以降に出来た環濠集落は日本全国にあり、今はそのほとんどが遺跡(巨大なものは佐賀県にある吉野ヶ里遺跡)ですが、奈良県には現存している環濠集落が結構残っています。





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