大手町にある平将門の首塚

05. 東京とその近郊








私の職場は丸の内にあるのですが、すぐ近くに平将門の首塚があるのを以前から知っていました。ただし過去において、首塚を粗末に扱ったことによる事故や出来事があまりにも恐ろしく、見に行こうかどうか迷っていました。




ネットで調べていただければ、いろんなところでその情報が載っていますが、



・平将門の乱後、京都で晒し首になっていた将門の首がこの地に飛んで来て、当時の村民がその首を首塚に祀ったが、その後、天変地異が次から次へと発生したため、将門の祟りではないかと当時その場所にあった神田明神(江戸時代に現在場所に移転)で将門を祀ってから天変地異が収まった。


・大正12年、この地にあった大蔵省が関東大震災で倒壊した庁舎を建てなおす際に、首塚を壊してその上に仮庁舎を建てたのですが、その後の2年間で、大蔵大臣をはじめとする14名の関係者が亡くなった。その後、大蔵省は仮庁舎を取り壊し、首塚を元の状態に戻した。


・昭和15年、落雷による火災で大蔵省の庁舎が全焼した際も「首塚を粗末にしているから」という声が再び上がり、大蔵省は鎮魂祭を盛大に行って塚に「故蹟保存碑」を建立した。


・終戦後に日本を占領したGHQが首塚を撤去し駐車場にしようとしたところ、工事のブルドーザーがひっくり返って運転手が亡くなった。


・昭和の高度経済成長時代に、大蔵省は首塚の場所以外の土地を売却したのですが、その参道だった場所に、日本長期信用銀行本店ビルが建ちました。その首塚に面した部屋にいた行員が次々に病気にかかり、神田明神の神官のお祓いによってそれが収まった。その後、日本長期信用銀行(現在の新生銀行)自体も経営破綻してしまった。















この記事の一番上の写真を見ていただくと、首塚公園の上に屋根が付いていますよね。2枚目の写真では、首塚自体がガラスケースに覆われ保護されていますよね。これ、三井のゼネコンがつけたものなのです。



現在、三井物産と三井不動産が、首塚に隣接する場所に「大手町における大規模複合開発((仮称)OH-1計画)」として、2020年2月完成を予定しビル開発を行っています。



三井のゼネコンが、将門の祟りを恐れ、公園の上に屋根をつけたり、首塚に何かがあってはならないとして、ガラスケースで保護する神経の使いようです。



バイクのお祓いで私は成田山新勝寺のお守りを持っているのですが、その成田山新勝寺は平将門の乱を鎮める事を目的に建てられて寺院であり、平将門にとっては天敵な寺院な訳です。




昨年2回も新勝寺にお参りしてしまった私は、恐る恐るこの場所を会社帰りに訪れたのでした。









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